作文指導について
このブログで何回も書いていますが、私が仕事をする上で最も重要視するのは国語。
特に『作文』をやってもらうと、その生徒の能力のかなりの部分が判ります。
単に漢字や熟語の知識だけでなく、論理性も試されます。
読みやすい文章は起承転結がはっきりしています。
客観的に、第三者が読んでわかる文章が書けるかどうか。
大切な事だと思います。
さて、以下は最近ネットで読んだ記事の抜粋。
日本でも中国でも似たような現状のようです。
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2007年12月12日、「中国新聞網」は最近の小中学生の言葉の乱れに関する記事を掲載。
真実と想像力がテーマの「第3回全国小中学生創新作文コンテスト」。この重慶地区予選に出品された作文のうち、200点以上が失格になったとコンテスト組織委員会関係者は話す。流行語や乱れた言葉の乱用が失格の主な理由だが、ある小学生の作文には「株売買」や「投資信託」「物価上昇」などの経済用語があふれ、またある作文は流行の映画のセリフや歌詞を並べて書いてあったと説明されている。
このほかに最近増えているのが、何でもローマ字に置き換え省略化するネット隠語の乱用。MMは妹妹(メイメイ)で女子や彼女の意味、GGは哥哥(グーグー)で男子や彼氏の意味で使われる。このように普通の大人には絶対に読めない言葉を「新世代言語」と組織委員会内部では表現しているという。
友達同士で使用するのはかまわないが、学校の授業や試験、作文大会のような正式なコンテストでは正しい中国語と漢字を使用するよう子供たちを指導するべきだと教育専門家らは指摘している。
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ネット社会の影響、加えて、日本では携帯文化が発達しており、
そのメールの表現も独特のものがあります。
例えば、『おはよう』が『ぉはよぅ』に。
このような表記を、まさか作文には書かないだろうと思っていますが、
上記記事を読むと、ありえる話のような気がしてきました。
友達同士で、そのような表現を『遊び』だとわかって使用するならいいのですが、、、
実際、中学生でも作文において、『話し言葉』を使う例が非常に多く見られます。(ただし、小説のような創作は別)
半年前のエピソードですが
ある生徒に『君、作文に「だって」はどうなんだ?』と指摘した際、
『え? そうなんですか?』との反応が。
それから作文の特訓が始まりました。
かなり根気が必要な作業ですが、徐々に『読める』文章になってきました。
今まで『他人に読まれる』ことを意識したことがなかったようですが、
毎回、課題を出し、声に出して読み、添削を繰り返すことで
『自分が書いた文章は、他人にわかるように書かなくてはいけないんだ』
という意識が出てきたように思います。
中学受験で最も重要視される作文。
小さい頃から、学校であったこと、今考えていることを家庭内で話し、
何か新しい体験をしたらそれをちょっとした文章にしてみる。
いかにも『受験の為』という姿勢でなく、自然にできるかどうか。
大切なことだと思います。


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